「ち……ちぃえすとおおおおおおおお!!!」
充血した眼を爛々とさせ、小樽市民の安眠を脅かさん勢いで村上が哭(な)く。
なお、”ちぇすと”は薩摩(鹿児島)言葉であるが、
儀式終盤の村上は土佐藩士で薩摩示現流の使い手であるという設定の「何者か」
にトランスフォームしているので、風土的な相違点は問題にならない。
叫び終え、肩を激しく上下させている村上に、
ヤマモト君が慌てて声をかける。
「む、村さん、追っ手ぜよ!」
ふと振り返ると、遠方から赤い光が素早く明滅しながら近づいてくる。
同時に、奇妙な音程の警報も近づいてくる。
「ぱとかあぜよ!」
ひらがなではあるが、
明らかに幕末に存在しない単語で注意を促すヤマモト君に舌打ちし、
村上は近くの建物に素早く逃げ込んだ。
ヤマモト君も急いで付いてくる。
そこは「鰊御殿」。
かつてニシン漁で一財産設けた綱元が建設した、
小樽にいくつかある、豪華な木造家屋である。
息を殺し、微かな月明かりと波の音に同化する二人。
数刻後、サイレンの音は遠くなっていた。
どうやら自分達を逮捕しに来たわけではないらしかった。
「村さん、それ……」
村上は、なぜか両頬を伝う涙に気付いた。
「時代劇は金がかかるから無理」
所属する劇団の主催者に「時代劇をやりましょう」と提案したときの返答が
脳内でリフレインされていた。
唇を噛み締める村上。
「糞ッ!」
ヤマモト君が、自分が怒られたと勘違いし、身体を小さく丸める。
「金がなければ、無いなりに工夫すればいいでないの!」
ヤマモト君が涙眼で、恐る恐る村上の顔を覗き込んでくる。
心優しき友人の喉を、猫をあやすように撫でながら、
村上はたった今まで夢中になっていた、
自分が結構な頻度で行っている儀式のことを思い出した。
ヤマモト君は猫なで声を出し、腹這いになっている。
「そうたい……そうたい! 脱藩の時代劇ばい!」
なぜかこの時、村上は博多弁を使っている。
本人に訪ねても、今思い返しても不思議なんですよね、と首をひねるばかりである。
この時から数年後…
村上は奇妙な博多弁を使う集団「フルメタル中学」と邂逅を果たし、
映画『のぼせもん』を作り上げて行く事になる。
その2:ロケハン編⇒
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